「ギターは小さなオーケストラ!」と証明してくれた人 — 山下和仁さんを偲んで

 

山下和仁さんの訃報を知った瞬間、

「信じられない」という言葉しか出てきませんでした。
あとは、ただ涙が出てきました。

和仁さんとのご縁は、「出会った」という言葉では言い表せないほど、古く、深いものでした。
僕が生まれる前から、両親が長崎ギター音楽院でお世話になっていました。
*音楽院を主宰されていたのが、和仁さんのお父様・山下亨先生です。

つまり和仁さんは、僕にとって生まれる前から身近に存在していた方でした。

同郷ということもあり、子供の頃から和仁さんのリサイタルは何度も聴きに行きました。
特に強く記憶に残っているのは、長崎ギター音楽院の中にある、40人ほどしか入らない小さな空間で聴いたリサイタルです。
音楽が「鳴っている」のではなく、ギターの中から音楽が湧き出してくる
そんな感覚に、強い衝撃を受けました。

世間一般では、山下和仁さんは「孤高のギタリスト」というイメージで語られることが多いかもしれません。
けれど、僕が子供の頃から知っている和仁さんは、いつも気さくに声をかけてくれる「お兄さん」のような存在でした。
僕が小学生の頃、何度か我が家に遊びに来てくださったこともあります。

毎年秋に長崎で開催されていた九州ギターフェスティバルでは、
僕はロビーに展示してあるギターを夢中で弾いていました。
すると、必ずと言っていいほど和仁さんがその様子を聴きに来てくださり、
決まって、こう声をかけてくださいました。

「正洋くんはギター上手だね。
もっとオーケストラを聴いて、もっと上手くなってね!」

九州ギター音楽コンクール(小学5年生、6年生のとき)では審査員として演奏を聴いてくださり、
35年前の僕のデビューリサイタルにも足を運んでくださいました。
終演後に、一緒に打ち上げの席に行ったことも、今では大切な思い出です。

山下和仁さんと。 少年時代の益田正洋

山下和仁さんと中学生の私

ジュリアード音楽院への留学直前、長崎中央郵便局で偶然お会いしたこともあります。
異様なほどの集中したオーラを感じ、ふと見ると、
局内のテーブルで一心不乱に手紙を書いている男性がいました。
それが、和仁さんでした。

声をかけると、「どなた?」と一瞬不思議そうな表情。
「正洋です」と伝えると、
「おお、久しぶり!時間があったらお茶でも行きましょう!」
そう言って、1時間ほどお話ししました。

留学を控えていること、最近緊張して思うように上達しないこと。
そんな悩みを聞いていただいたのだと思います。
具体的な言葉はほとんど覚えていません。
けれど、不思議と心が軽くなり、子供の頃に戻ったような感覚になったことだけは、はっきり覚えています。

ジュリアード音楽院を卒業し、日本に帰国して東京に住み始めてからも、
何度か和仁さんのリサイタルを聴きに行きました。
印象は、子供の頃に受けたものとまったく変わりませんでした。
全身全霊から音楽が湧き出してくる
和仁さんがイメージしているのは、常にオーケストラそのもの。
それをギター一本で表現する——
それを支える強靭なテクニックと精神力。
まさに芸術家、アーティストだと感じました。
終演後、感動のあまり涙が止まらなかったこともあります。

一度だけ、リサイタル後の打ち上げに同席させていただいた際、
恐る恐る「普段、どんな練習をされているのですか?」とお訊きしたことがあります。
返ってきたのは、
「僕はもう、練習はしないと決めています」
という、謎かけのような言葉でした。

当時は戸惑いましたが、後になって思いました。
和仁さんほど、ギターを極め尽くした演奏家にとって、
それはいわゆる「練習」という次元を超えた、
もっと別の場所に向かう行為だったのではないか、と。
その真意を、いつか直接聞いてみたかったです。

和仁さんは、僕にとってギタリストとして永遠の目標です。
子供の頃からレパートリーにしてきた曲は、
和仁さんのリサイタルやCDを聴き、心を奪われた曲ばかりです。

僕のデビューCDに収録した
《もしも私が羊歯だったらによる変奏曲》は、
和仁さんがパリ国際ギターコンクールで最年少優勝された際に演奏された作品です。
特に強く心に残っている演奏は、
ブリテン《ノクターナル》、
そしてテデスコの《ソナタ》——とりわけ第2楽章の、あの抒情感です。

僕は演奏家として
「どんな曲も、上質な音楽に聞こえるように」
ということをいつも大切にしています。
それは、どんなに簡素な音楽であっても、
演奏次第で、これほどスケールの大きな芸術に昇華できるのだということを、
和仁さんの演奏を通して、身をもって体験してきたからです。

言うまでもありませんが、
山下和仁さんは
「ギターは小さなオーケストラである」
という言葉が、決して比喩ではなく真実であることを証明した、
唯一無二のギタリストでした。

僕自身の演奏家としての目標は、
「ギターを、クラシック音楽を奏でる楽器として、より確かな地位に押し上げること」です。
和仁さんが亡くなられ、
大きな喪失感とともに、
その目標の“後ろ盾”がいなくなってしまったような、
言いようのない虚しさを感じています。

いつか共演したい。
同じ舞台で、あのオーラを、同じ空間で感じてみたい。
それは、もう叶わぬ夢になってしまいました。

それでも、
和仁さんが示してくださった音楽、
そして生き様は、
これからも僕の中で鳴り続けます。

心からの敬意と感謝を込めて。

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